モルモン書・ニーファイ第二書8章の要約と感想

モルモン書のニーファイ第二書7章はラバンの真鍮版でイザヤ書51章と52章1節と2節に対応するところ。
ニーファイの弟ヤコブが民への話の中で、神さまの聖約について伝えるために引用している。

神さまがアプラハムの聖約を覚えて、自らの背きのために苦しみを味わった、イスラエルと呼ばれたヤコブの子孫の苦しみを取り除き、敵を倒し、再び集められる、との約束が記されている。

こんにちはおおさむです。訪問ありがとうございます。
モルモン書のニーファイ第二書8章は何を伝えているんだろうと思われているかもしれません。
モルモン書を学び始めてから40年以上が過ぎた私の考えを伝えます。お役にたてば幸いです。

モルモン書のニーファイ第二書8章には、「義を求めて正しく生きること」と「神様を信じる信仰を育てること」の大切さが示されています。人が存在するのは、神様の戒めに従って生きるためです。また、神様の戒めに従うためには、神様を信じる信仰を育てる必要があります。
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モルモン書・ニーファイ第二書8章の要約と感想

モルモン書のニーファイ第二書8章は掲載すると長くなるので以下には掲示していません。
ご自身でオンラインまたは書籍で読んでいただくようにお願いします。
ニーファイ第二書8章のオンライン版はここをクリック
※別タブ(画面)で開きます

アブラハムの聖約は果たされる

  • アブラハムに子がないときに、神さまはアブラハムの子孫は夜空の星のように多くなる、多くの国民の父となり、子孫の中から王たちも出る、と約束された。
  • アブラハムの子孫に、カナンの地を与えられた。
  • アブラハムの子孫が、神さまとの契約を守るなら、神さまの祝福を得て、末永くその地を受け継ぐことができた。
  • しかし、子孫は表面上では神さまの戒めを守る姿を見せながらも、心は離れ、弱いものを虐げ、ほかの民が崇拝する偶像を拝むようになった。
  • そのため、約束の地を追われることになった後、神さまのあわれみによって再び約束の地に戻ってきたが、そこに降ってこられた救い主を十字架にかけ、民は散乱することになった。
  • 神さまは、それでも、アプラハムの契約を覚えて、アブラハム・イサク・ヤコブ(イスラエルと呼ばれた)の家(子孫)が、再び、悔い改めて、神さまの戒めに従う時、約束の地に集められ、祝福を得られるようにされる。
  • そして、異邦人に対しても、救い主を信じるなら、アブラハムの子孫になると宣言された

(1-8節)

参照聖句

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アブラハムの聖約
(旧約聖書 創世記 15章)
5)そして主は彼を外に連れ出して言われた、「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみなさい」。また彼に言われた、「あなたの子孫はあのようになるでしょう」。

(旧約聖書 創世記 17章)
5)あなたの名は、もはやアブラムとは言われず、/あなたの名はアブラハムと呼ばれるであろう。わたしはあなたを多くの国民の/父とするからである。
6)わたしはあなたに多くの子孫を得させ、国々の民をあなたから起そう。また、王たちもあなたから出るであろう。

7)わたしはあなた及び後の代々の子孫と契約を立てて、永遠の契約とし、あなたと後の子孫との神となるであろう。
8)わたしはあなたと後の子孫とにあなたの宿っているこの地、すなわちカナンの全地を永久の所有として与える。そしてわたしは彼らの神となるであろう」。
9)神はまたアブラハムに言われた、「あなたと後の子孫とは共に代々わたしの契約を守らなければならない。

(高価なる真珠 アブラハム書2章)
9)わたしはあなたを大いなる国民とし,あなたを計り知れないほど祝福し,あなたの名をすべての国民の間で大いなるものとしよう。あなたはあなたの後の子孫にとって祝福となり,彼らはすべての国民にこの務めと神権を携えて行くであろう

アブラハムの子孫・相続人
(新約聖書 ガラテヤ人への手紙3章)
26)あなたがたはみな、キリスト・イエスにある信仰によって、神の子なのである。
27)キリストに合うバプテスマを受けたあなたがたは、皆キリストを着たのである。
28)もはや、ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男も女もない。あなたがたは皆、キリスト・イエスにあって一つだからである。
29)もしキリストのものであるなら、あなたがたはアブラハムの子孫であり、約束による相続人なのである。

(操作方法)右側の「+」付近をクリックすると聖句が広がって出てきます。

解説

(1節)
義を追い求める者:聖約を守る者、僕の言葉を聞いて改心し、応える者。
義:僕、僕が義を体現する。
追い求める:僕に従う。

切り出された岩、掘り出された穴:救い主

(2節)
アブラハムとサラも主に従った。
 わたしたちもアブラハムと同じようにすることを求められている。
 アブラハムと同じようにするとき、アブラハムと同じ祝福にあずかることができる。

アブラハムはすべての偶像崇拝から離脱し、先祖の祝福を求め、迫害されても主に従い、生まれ故郷のカルデアを出て、約束の地を受け継いだ。
当時のカルデアはメソポタミアの重要な都市国家で、高度な文明が栄えた交易の中心地。(この世が与える富、社会経済システム)

神さまは、アブラハムのみを召され、祝福された。それはアブラハムだけが(周囲の仲間の圧力に屈せず)呼びかけに応えたからである。
神さまの呼びかけに応えないものはカルデア(バビロン)にとどまり、滅ぼされるか、災厄を経験する。

アブラハムに約束された子孫は一人から始まり、国家となり、世界に広がった。
子孫を持つことは、契約の祝福。

アブラハムはカナンの地を与えられた。
かつて荒れたところであっても、砂漠であっても、神さまは、わたしたちが世の悪から離れるなら、その地をエデンのように、主の園のようにされる。

(3節)
慰められたシオンとエルサレム
契約の呪いに長い間苦しんだのち、悔い改めて神さまとの契約関係を更新するときに、慰められ、祝福され、喜びと楽しみ、感謝と歌声がある。

(4節)
わたしに聴け、わたしに耳を傾けよ・・・
僕を通じて語られる、神さまの言葉に・・・
人が作った戒めと、人が人を支配するために作った法律とは異なる、神さまの律法と裁きが与えられる。
それは、守るものにとって、光となり、啓示を与えるものとなる。

(5節)
救い主の「義」(民の中での霊的な改心、が僕によって)もたらされ、「救い」がそのあとに続く。
神さまの腕(僕)が遣わされ、僕は神さまのみ名によって、民を裁く(神さまの律法とみ言葉を教え、その思いと行いを裁く)。

島々の人々は、神さまを待ち望み、僕が来ることを待ち、彼に頼る。
僕は、神さま(救い主)の到来の前に道を備える。

民に信仰があれば、神さまはそれに応える。
民に信仰がなければ、神さまは何もなさらない。

(6節)
義を行わない民は、世界を襲う滅亡と災難と大惨事により、滅びる。

神さまの義と救いは永遠に続く。

(7節)
義を知る(仲介者である僕をとして神さまと契約をする)民は、律法を深く知っており、神さまのみ言葉に従う方法も知っている。
彼らは反対や迫害に遭うが、恐れたり、怖がる必要はない。

(8節)
敵は義を知る者たち(救い主、僕、従う者たち)を迫害し、苦しめる。
しかし、義と救いは永遠に続く。

ただし、義にも救いにもレベルがある。
より高いレベルにのぼるには、そのレベルに負止められる特定の律法、特定の契約遵守が求められる

天での戦い、地での戦い で勝利される

天での戦いで、人が神さまとともに成長することができる道を守られ、

地の上では、アダムとエバを導かれ、ノアやアブラハムと誓約され、イスラエルを救い出し、

来るべきときに、救い主に頼るイスラエルの民を世界中から集められる。

いますでに、集合の業は始まっている。
(9-11節)

解説

(9節)
腕:神さまの僕。いまや、民を開放する業に携わるために、より激しい試練を乗り越え、深い失望を受け、高いレベルに目覚め、立ち上がり、力を受ける。
ラハブ:エジプト、エジプトのファラオの象徴
龍・竜:混沌の力、悪霊、神の民の敵

(10節)
神さまは、僕に力を与えて、エジプトを出るときに紅海を分け、イスラエルの道とした。

(11節)
主に贖われたものは帰ってくる(悔い改める)。
シオン:神さまと契約をかわしつつ、世の中にも迎合する人たちより高いレベルの人たちが住む場所。
(参考)ヤコブ・イスラエル:神さまと契約をかわしつつ、世の中にも迎合する人たち
悲しみと嘆き(ため息)は、罪のため、悪のため、嘲りとそしりのため、あまり進展がないため、つらい時、あらゆる種類の苦難、そして精錬の火を通して主を待っているためにおこる。
最後の瞬間まで好転しないように思われます。
神さまの僕とその追随者は、激しい苦しみを経験しますが、その悲しみは歓喜に、悲嘆は喜びに変わります。

神さまは救いに至る道を備えてくださる

イスラエルの家(イスラエルと呼ばれたヤコブの子孫)がモーセに率いられて、エジプトを出たとき
目の前に紅海が広がっていた。後ろからはエジプトの軍勢が追いかけてきていた。

約束の地に入るためには、紅海を越えなければならない。
しかし、人々は紅海を超える方法を持っていなかった。

神さまは、紅海の水を右と左に分け、海の底に道を造られた。
イスラエルの家はその道を通って、約束の地に入った。

そのあと、エジプトの軍勢もその道に入ろうとしたが、海の水が彼らを飲みつくした。

神さまは、約束の地に入る道を備えてくださる。
その道はひとには造ることができない。ただ、神さまだけが造ることができる。

(10節)

神さまに頼るものが救いを得る

神さまが、人に慰めを与えてくださる。
神さまが、天と地を造られた。
神さまは、どんな状態でも人を守ることができる。
神さまは、預言者を召し、人々を導かれる。

なぜ、神さまの守りをわすれて
いつか死ぬ人、草のようになるひとを恐れるのか。
虐げる人の憤りを恐れるのか。
(12-16節)

解説

(12節)
わたし(神さま、救い主)が慰め主になる。
第一の慰め主は聖霊。第二は救い主。

あらゆる試練と試み、精錬の火を経験した後に慰められる。
神さまの力を受けた後は、その力は継続する。
高く上るためには、それに見合う試練をくぐり抜けていく必要がある。
高められるためには自分を低くし、神さまの御業のために喜んで苦しみを負う。

いつかは死ぬ人、神さまに反抗するために、暴君によって火で焼かれ、滅ぼされる人、
そのような人を畏れる必要はない。

(13節)
神さまは天と地を造り、人が成長するために、人を地上に置かれました。
神さまは僕を召し、人を守り導かれます。

人を虐げるアッスリアの王は、火や剣によって世界を破滅に追い込もうとする。
アッスリアの王は準備を整え、人は彼を恐れます。

神さまは義人を守られる。神さまは慰め主。
神さまは、どんな人よりも強い。

それなら、暴君を恐れる必要はない。

※恐れ、怒り、憤り、しいたげ、破壊:アッシリアの王と関連する。

(14節)
虐げる者が世界的な破滅を引き起こそうとしている時、神さまは、虐げられている者、囚われているご自分の民を解放される。
アッシリアの王が引き起こす破壊で穴に落ちることはない。滅亡の直前に連れ出される。
神さまによって食べるものや飲み物が与えられる。

(15節)
海、波:神さまの左手、アッスリアの王を示す。彼は神さまの道具。悪人に対する裁きを行う。
アッスリアの王は同盟する悪しき国々の助けを借りて破壊を行う。

(16節)
神さまの民、神さまと契約を交わした義人は、神さまの言葉を(自分自身で啓示を受けて、or、神さまの代弁者である僕を通して)授けられ、神さまの手(僕)によって守られる。
※モーセに率いられた民のように、栄光の雲が彼らを覆う。

イスラエルの家(イスラエルと呼ばれたヤコブの子孫)の苦しみと解放

イスラエルの家は、自らの背きのために、神さまの祝福を失い、苦しみを味わった。
イスラエルの家を導く人はなく、敵に攻められている。

しかし、神さまは憐れみによって、イスラエルの家(子孫)の罪を贖い、苦しみを取り除かれる。

神さまは、敵を滅ぼし、敵がイスラエルの家(子孫)を攻めることがないようにされる。

神さまが、イスラエルの家(子孫)を誘惑から解き放してくださる。
(17-25節)

解説

(17節)
神さまの憤りであるアッスリアの王に服従していた民が、神さまの僕によって解放され、僕を通して語られる神さまの言葉を受け入れ、僕の模範に倣って、義に近くなっていく。

(18節)
神さまの光を拒絶する(悪)人の中には、導く人はいない。自分自身に任される。

(19節)
神さまの光を拒絶する人たちには、荒廃と滅亡が降りかかる。悔い改めないので、慰めを得ることもない。

(20節)
神さまの光を拒絶する人たちには、神さまの僕に従わず、悔い改める機会を捨て、罪から贖われることを拒否したために、アッスリアの王の支配(神さまの憤り)の中にとどまる。

(21節)(22節)
アッスリアの王が滅ぼす悪人ではない人たちは、アッスリアの王の虐げと権威に服従しながらも、生き延び、苦難によって精錬され、契約の呪いの終わりが来る。

(23節)
彼らは踏みにじられていた。苦難と屈辱に苦しんだ。その苦しみはそれを与えた人たちに与えられる。

(24節)
9節、17節と呼応
神さまの僕は神さまの栄光を着せられ、神さまの僕がシオンに力与え、栄光の衣(祭司職の衣)を着せる。
シオンは祭司職の衣をまとい、祭司職の力を得て、政治的な力も引き受ける。

シオンは聖なる都と呼ばれ、聖ではない人たちはシオンに入ることはできない。
神さまの民と彼らを汚す者たちとの交流はなく、神さまの民は新たに生まれ、シオン・聖なる都にいる。
彼らを汚す者たちは滅ぼされる。

(25節)
起きる、立ち上がる、は復活を表す。
復活してシオンと呼ばれる民に合流する人たちもいる。

僕がエルサレムを救い出す。

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モルモン書・ニーファイ第二書8章からあなたは何を学びますか


この物語からあなたは何を学びますか

ここまで読まれて、自分には関係のない話だ、何の役にたつんだ、と思われているかもしれませんね。

わたしも最初に聖書を読んだとき、とても信じられない、こんなことありっこない、と思っていました。
それでも、その後、何度か聖書に出会う機会があり、読む機会があり、自分に当てはめて考えるようになりました。
そのうちのいくつかをここに示しました。

あなたも、この物語から、自分に役立つなにかをみつけていただければ幸いです。

あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである。
(ヨハネによる福音書5章39節)

聖書のこの書、この物語のどんな点でイエスキリストを見出しますか?
ここまで読んでくださったあなたへ
あなたは神さまの子で、神さまのみもとに永遠に住むことができる存在にです。
地上に来たのは、いろいろな経験により、あなたの能力が増し加わり、ほかの人を助けることができるようになるためです。

わたしもこれから成長していきたいので、あなたとともに歩んでいきたいと願っています。

神さまはあなたを愛し、あなたの幸せを願っておられます。

ご質問があれば、下のほうにコメント欄があるのでそちらに書き込んでください。

聖書のオンライン版は
https://www.churchofjesuschrist.org/study/scriptures?lang=jpn
または
https://www.wordproject.org/bibles/jp/index.htm
を参照してください。
あなたがこの世に来たのは、神様の戒めに従って生きるため。
神に敵対する存在が真理と誤りを混ぜてあなたに伝えても、それに惑わされずに生きるために神様は道を示してくださいます、
そして、たとえ道を誤ったとしても、また戻ってくる方法があります。

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