旧約聖書・エステル記から学べる4つのこと:自分の使命を見つけ、勇気をもってそれを果たす

エステル記には、捕囚されたのちもユダヤ人として、神様の訓戒を守り、神様への信仰を強く持ち、勇気をもって自分の使命を果たした人々とその人々を助けた神様の業が記されています。

人が存在するのは、神様の戒めに従って生きるためです。
また、神様の戒めに従うためには、神様を信じる信仰を育てる必要があります。

こんにちはおおさむです。訪問ありがとうございます。

旧約聖書のエステル記1章から10章にモルデカイとエステルがユダヤ人を救った物語があります。
この物語は何を伝えているんだろうと思われているかもしれません。

聖書を学び始めてから40年以上が過ぎた私の考えを伝えます。お役にたてば幸いです。

エステル記は、バビロン捕囚とクロス王の帰還許可のあと、ペルシャに残ったユダヤ人の出来事が記されています。
仕えたペルシャの王から判断すると、歴史的には、エズラ・ネヘミヤより前になります。
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エステル記から学べる4つのことをご紹介します。

エステル記から学べる4つのこと(エステル記1章から10章

1.神様は「あなた」が自分の使命を見つけ、勇気をもってそれを果たすように求めておられます
2.環境によらず、自分の務めを選ぶと祝福を得る
3.ほかの人を貶めようとするときに災いが自分に来る
4.契約の民に対して、神様の助けの手が伸べられました

 

旧約聖書のエステル記1章から10章は掲載すると長くなるので以下には掲示していません。
ご自身でオンラインまたは書籍で読んでいただくようにお願いします。
聖書のオンライン版は
https://www.churchofjesuschrist.org/study/scriptures?lang=jpn
または
https://www.wordproject.org/bibles/jp/index.htm
を参照してください。
以下で引用符「」で示しているのは、参考聖句などです。

 

歴史的な背景

イスラエルが南北に分裂し、北王国がアッスリアに滅ぼされ、
南王国の民がバビロンに捕囚されたのち、
バビロンに捕囚されたユダヤ人はペルシャの支配を受けることになりました。

クロス王がバビロンに捕囚されたユダヤ人に対して、祖国に戻り神殿を再建するように命令します。
ダリヨス王のときに、神殿が再建され、アルタシャスタ王の時にエルサレムの城壁が再建されます。
その間、アハシュエロス王の時の物語が、エステル記です。

エステル記には、アハシュエロス王王妃となったユダヤ人のエステル
エステルを育てたモルデカイモルデカイを憎んだ重臣ハガイが登場します。

(参考)
口語訳聖書での名称と歴史的書物での名称、その時代の出来事
クロス・・・キュロス2世
:エルサレムの神殿再建の命令を出す
ダリヨス・・ダレイオス1世
:(預言者)ハガイ、セカリヤ
:この時代に神殿完成
アハシュエロス・・クセルクセス1世
(王妃)エステル
アルタシャスタ・・アルタクセルクセス1世
:エズラ、ネヘミヤ

1.神様は「あなた」が自分の使命を見つけ、勇気をもってそれを果たすように求めておられます

モルデカイに養われたハダッサすなわちエステル(ペルシャ語で「星」を意味する)は、
神様から美と知性・勇気を与えらえていました。

ハガイの策略でモルデカイを含むユダヤ人が撲滅される危機に瀕した際、
モルデカイはエステルに、
「あなたがこの国に迎えられたのは、このような時のためでなかったとだれが知りましょう」
(エステル記4章14節参照)
と言い、エステルもそれを受け入れ、断食と祈りによって神様の守りをもとめ
死を覚悟して、王の前に立つことにしました。

その結果、ペルシャに住むユダヤ人の命が守られることになりました。

神様は「あなた」が自分の使命を見つけ、勇気をもってそれを果たすように求めておられます。
これがエステル記から学べることのひとつです。

16)「あなたは行ってスサにいるすべてのユダヤ人を集め、わたしのために断食してください。三日のあいだ夜も昼も食い飲みしてはなりません。わたしとわたしの侍女たちも同様に断食しましょう。そしてわたしは法律にそむくことですが王のもとへ行きます。わたしがもし死なねばならないのなら、死にます」。
(エステル記4章16節)

2.環境によらず、自分の務めを選ぶと祝福を得る

モルデカイは、バビロンに住みながら、バビロンの習慣(標準)には染まりませんでした。
モルデカイは、神様の訓戒に従うように努力し、ユダヤ人としての習慣(標準)に従っていました。
高潔な人格により、宮廷で働くように召されることになりました。
よこしまな権力におもねることなく、自分の信念を貫きました。
自分の民(ユダヤ人)を守るために奮闘しました。

その結果、王の信任を得、ユダヤ人にも、ペルシャの国民にも祝福を与えるものとなりました。

5)さて首都スサにひとりのユダヤ人がいた。名をモルデカイといい、キシのひこ、シメイの孫、ヤイルの子で、ベニヤミンびとであった。
6)彼はバビロンの王ネブカデネザルが捕えていったユダの王エコニヤと共に捕えられていった捕虜のひとりで、エルサレムから捕え移された者である。
(エステル記2章5節6節)

3)ユダヤ人モルデカイはアハシュエロス王に次ぐ者となり、ユダヤ人の中にあって大いなる者となり、その多くの兄弟に喜ばれた。彼はその民の幸福を求め、すべての国民に平和を述べたからである。
(エステル記10章3節)

3.ほかの人を貶めようとするときに災いが自分に来る

ペルシャの大臣ハマンは、モルデカイに対して怒り、その民を含めて滅ぼすことを計画しました。
ユダヤ人に対して、王の法律を守らない民というレッテルを貼り、王から滅ぼす許可を得ました。
ほぼ1年ののちに日を決めて、ユダヤ人をことごとく滅ぼしその貨財を奪い取れと命令を出しました。

5)ハマンはモルデカイのひざまずかず、また自分に敬礼しないのを見て怒りに満たされたが、
6)ただモルデカイだけを殺すことを潔しとしなかった。彼らがモルデカイの属する民をハマンに知らせたので、ハマンはアハシュエロスの国のうちにいるすべてのユダヤ人、すなわちモルデカイの属する民をことごとく滅ぼそうと図った。
(エステル記3章5節6節)

その後、ハマンは王妃エステルの酒宴にアハシュエロス王とともに呼ばれ、ますます高慢を募らせました。
しかし、ハマンはモルデカイを木に掛けることを王に進言しようとしたとき、勘違いで、モルデカイに栄誉を与える方法を王に提案しました。
その後、王はハマンがエステルを含むユダヤ人を滅ぼそうとしていたことを知り、怒り、また、ハマンがエステルを誘惑しているとみて、ハマンを木に掛けました。

7)王は怒って酒宴の席を立ち、宮殿の園へ行ったが、ハマンは残って王妃エステルに命ごいをした。彼は王が自分に害を加えようと定めたのを見たからである。
8)王が宮殿の園から酒宴の場所に帰ってみると、エステルのいた長いすの上にハマンが伏していたので、王は言った、「彼はまたわたしの家で、しかもわたしの前で王妃をはずかしめようとするのか」。この言葉が王の口から出たとき、人々は、ハマンの顔をおおった。
9)その時、王に付き添っていたひとりの侍従ハルボナが「王のためによい事を告げたあのモルデカイのためにハマンが用意した高さ五十キュビトの木がハマンの家に立っています」と言ったので、王は「彼をそれに掛けよ」と言った。
10)そこで人々はハマンをモルデカイのために備えてあったその木に掛けた。こうして王の怒りは和らいだ。
(エステル記7章7節~10節)

4.契約の民に対して、神様の助けの手が伸べられました

モルデカイは、王の暗殺の企てを知って、王に伝えるように計らいました。

21)そのころ、モルデカイが王の門にすわっていた時、王の侍従で、王のへやの戸を守る者のうちのビグタンとテレシのふたりが怒りのあまりアハシュエロス王を殺そうとねらっていたが、
22)その事がモルデカイに知れたので、彼はこれを王妃エステルに告げ、エステルはこれをモルデカイの名をもって王に告げた。
(エステル記2章21節22節)

王妃の1回目の祝宴のあと、こんなできごとが

1)その夜、王は眠ることができなかったので、命じて日々の事をしるした記録の書を持ってこさせ、王の前で読ませたが、
2)その中に、モルデカイがかつて王の侍従で、王のへやの戸を守る者のうちのビグタナとテレシのふたりが、アハシュエロス王を殺そうとねらっていることを告げた、としるされているのを見いだした。
(エステル記6章1節2節)

そこで王はモルデカイに栄誉を与えようと考えます

そこへ、ハマンがモルデカイを木に掛けることを王に進言しようとやってきます。

6)やがてハマンがはいって来ると王は言った、「王が栄誉を与えようと思う人にはどうしたらよかろうか」。ハマンは心のうちに言った、「王はわたし以外にだれに栄誉を与えようと思われるだろうか」。
7)ハマンは王に言った、「王が栄誉を与えようと思われる人のためには、
8)王の着られた衣服を持ってこさせ、また王の乗られた馬、すなわちその頭に王冠をいただいた馬をひいてこさせ、
9)その衣服と馬とを王の最も尊い大臣のひとりの手にわたして、王が栄誉を与えようと思われる人にその衣服を着させ、またその人を馬に乗せ、町の広場を導いて通らせ、『王が栄誉を与えようと思う人にはこうするのだ』とその前に呼ばわらせなさい」。
(エステル記6章6節~9節)

ハマンが自分に与えようと提案した栄誉はモルデカイに与えられることになりました。

11)そこでハマンは衣服と馬とを取り寄せ、モルデカイにその衣服を着せ、彼を馬に乗せて町の広場を通らせ、その前に呼ばわって、「王が栄誉を与えようと思う人にはこうするのだ」と言った。
(エステル記6章11節)

その顛末を聞いたハマンの妻ゼレシと友だちは、もしモルデカイが神の人であるなら、争いに負けると言います。

13)そしてハマンは自分の身に起った事をことごとくその妻ゼレシと友だちに告げた。するとその知者たちおよび妻ゼレシは彼に言った、「あのモルデカイ、すなわちあなたがその人の前に敗れ始めた者が、もしユダヤ人の子孫であるならば、あなたは彼に勝つことはできない。必ず彼の前に敗れるでしょう」。
(エステル記6章13節)

その後の結果は上の項目に記した通りです

また、滅ぼせ、との命令の実施までに約1年の期間がありました。それはくじによって決められた期日でした。
その期間の間に、ユダヤ人は絶滅の危機を免れる手段を考え、実行することができました。
その期日の日に間に合ったのです。

12)そこで正月の十三日に王の書記官が召し集められ、王の総督、各州の知事および諸民のつかさたちにハマンが命じたことをことごとく書きしるした。すなわち各州に送るものにはその文字を用い、諸民に送るものにはその言語を用い、おのおのアハシュエロス王の名をもってそれを書き、王の指輪をもってそれに印を押した。
13)そして急使をもってその書を王の諸州に送り、十二月すなわちアダルの月の十三日に、一日のうちにすべてのユダヤ人を、若い者、老いた者、子供、女の別なく、ことごとく滅ぼし、殺し、絶やし、かつその貨財を奪い取れと命じた。
(エステル記3章12節13節)

11 その中で、王はすべての町にいるユダヤ人に、彼らが相集まって自分たちの生命を保護し、自分たちを襲おうとする諸国、諸州のすべての武装した民を、その妻子もろともに滅ぼし、殺し、絶やし、かつその貨財を奪い取ることを許した。
12 ただしこの事をアハシュエロス王の諸州において、十二月すなわちアダルの月の十三日に、一日のうちに行うことを命じた。
(エステル記8章11節12節)

一連の出来事のあと、

17)この国の民のうち多くの者がユダヤ人となった。これはユダヤ人を恐れる心が彼らのうちに起ったからである。
(エステル記8章17節)

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おまけの考察 多くの人とともに断食して祈ると叶うのか

※2022/7/31追記

王妃エステルは、王の前に行くための勇気をもとめ、ユダの民を救うために、民に断食(と祈り)を求めます

16 「あなたは行ってスサにいるすべてのユダヤ人を集め、わたしのために断食してください。三日のあいだ夜も昼も食い飲みしてはなりません。わたしとわたしの侍女たちも同様に断食しましょう。そしてわたしは法律にそむくことですが王のもとへ行きます。わたしがもし死なねばならないのなら、死にます」。
(エステル記4章16節)

結果として、王はエステルの会見を許し、ユダの民は滅ぼされることから守られました。

祈りは、神様への命令ではありません。

祈りが叶うかどうかは、

沢山の人で祈ったから、断食を長くしたから、わたしの祈りだから、あの人の祈りだから、神殿で祈ったから、ではなく

神さまの御心に叶うかどうか、だと思っています。

ここでは、ユダの民(イスラエル)を守ることが神様の御心でした。
将来イスラエルの民、ユダの民、ダビデの家系から王の王が生まれるのですし、アブラハムとの契約でイスラエルの民が集められると約束されているからです。

そして、神様は、私たちが必要とするものをすべてご存知で、祈りに関係なく、必要なものを与えてくださいます。

では、なぜ、神様は、私たちに祈るように、断食するように勧めておられるのでしょうか。

わたしは、祈るのは自分のためであると思っています。

  • 祈る側として、自分ごととして捉えて祈りに加わること
  • 神様を信頼し、頼っていることを自分自身が知ること
  • 隣人や助けの必要な人を絶えず思い出すこと
  • 神様の導きを得、自分の為すべきことを知ることができること
  • 神様は私たちが祈らなくても私たちの願いをご存知です

    わたしの願いを知らないのはわたしの方で、願うことを知るため、自分がなすべきことをしるため、神様に頼っていることを知るために祈っていると考えています

    ※2022/7/31追記 ここまで

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    エステル記からあなたは何を学びますか



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    この物語からあなたは何を学びますか

    ここまで読まれて、自分には関係のない話だ、何の役にたつんだ、と思われているかもしれませんね。

    わたしも最初に聖書を読んだとき、とても信じられない、こんなことありっこない、と思っていました。
    それでも、その後、何度か聖書に出会う機会があり、読む機会があり、自分に当てはめて考えるようになりました。
    そのうちのいくつかをここに示しました。

    あなたも、この物語から、自分に役立つなにかをみつけていただければ幸いです。

    あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである。
    (ヨハネによる福音書5章39節)

    聖書のこの書、この物語のどんな点でイエスキリストを見出しますか?
    ここまで読んでくださったあなたへ
    あなたは神様の子で、神様のみもとに永遠に住むことができる存在にです。
    地上に来たのは、いろいろな経験により、あなたの能力が増し加わり、ほかの人を助けることができるようになるためです。

    わたしもこれから成長していきたいので、あなたとともに歩んでいきたいと願っています。

    神様はあなたを愛し、あなたの幸せを願っておられます。

    ご質問があれば、下のほうにコメント欄があるのでそちらに書き込んでください。

    聖書のオンライン版は
    https://www.churchofjesuschrist.org/study/scriptures?lang=jpn
    または
    https://www.wordproject.org/bibles/jp/index.htm
    を参照してください。
    あなたがこの世に来たのは、神様の戒めに従って生きるため。
    神に敵対する存在が真理と誤りを混ぜてあなたに伝えても、それに惑わされずに生きるために神様は道を示してくださいます、
    そして、たとえ道を誤ったとしても、また戻ってくる方法があります。

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