モルモン書・アルマ書28章の要約と感想

モルモン書のアルマ書28章には、「義を求めて正しく生きること」と「神様を信じる信仰を育てること」の大切さが示されています。人が存在するのは、神様の戒めに従って生きるためです。また、神様の戒めに従うためには、神様を信じる信仰を育てる必要があります。

こんにちはおおさむです。訪問ありがとうございます。
モルモン書のアルマ書28章は何を伝えているんだろうと思われているかもしれません。
モルモン書を学び始めてから40年以上が過ぎた私の考えを伝えます。お役にたてば幸いです。


モルモン書・アルマ書28章の要約と感想

モルモン書のアルマ書28章は掲載すると長くなるので以下には掲示していません。
ご自身でオンラインまたは書籍で読んでいただくようにお願いします。
アルマ書28章のオンライン版はここをクリック
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モルモン書・アルマ書28章には、これまでにない規模の殺戮があったこと、さばきつかさの統治が始まってから15年間の戦いと殺戮で何千人ものニーファイ人が殺されたこと。
殺された親族について、死と滅亡を恐れて嘆く人たちと、悲しみながらも、救い主の贖いにより救われて神さまのみもとに帰っているという希望の喜びを持つ人たちがいること、その原因について記載されている。

これまでにない規模の殺戮が起きた

アンモンの民がジェルションの地に定住し、教会が設けられ、ニーファイ人の軍隊が配備された後で
アマレカイ人に扇動されたレーマン人がこれまでにない規模でニーファイ人を襲ってきた。
彼らは、アンタイ・ニーファイ・リーハイの民を追ってきたのである。

殺され、追い散らされたレーマン人は数万人に及んだ。

ニーファイの民にも凄まじい殺戮が及んだので、すべてのニーファイの民の中に、殺された親族のために、大きな嘆きと悲しみの声が起こった。

ニーファイの民は、嘆きに満ち、断食と祈りを重ねた。

※アンタイ・ニーファイ・リーハイの民がニーファイ人の地を出てからすぐには襲ってこなかった。
アマレカイ人はニーファイ人を襲うために時間をかけて何万人もの兵を集めていたのだろう。
その規模は、アモナイハを滅ぼしたときよりも何倍も多かっただろう。
アマレカイ人はニーファイ人を打ち負かして支配する、もしくは滅ぼすつもりだったのだろう。

(1-9節)

悲しみと喜びの原因

さばきつかさの統治第1年から15年までの間に、ニーファイの民に戦争や流血の惨事が起きた。
何千人もの人が殺され、親族を失ったことを嘆く人たちも何千人といる。
悲しみながらも救いの手が伸ばされることに希望を持つ人たちも何千人といる。

親族の死を嘆くのは、その親族が無窮の不幸な状態に置かれることを恐れる理由があるから。
その親族は、悪魔の狡猾な策謀による罪と悪魔の力に捕えられて死と滅亡に至るような生活を行っていたから。

親族の死を悲しみながらも希望をもち喜べるのは、その親族が神さまの教えに従った生活をしていた結果として、永遠の命に至るキリストの光を受け、よみがえって、幸福な状態で神さまとともに住むという望みに喜びを感じ、救い主の約束でそれを知っているから。

神さまがわたしたちに、人々に救い主の贖いを伝え、悔い改めるように勤勉に努めることを求められているのはこのためである。

※神さまの預言者や召された働き人は、多くの人が救われ、神さまのみもとに帰ることができるように、神さまの真理を伝え、悔い改めへと導くために懸命に働く。
※それは、生まれながらの人は悪魔の誘惑により罪を犯し、そのままでは、神さまのもとに帰れないことと、救い主の憐れみによる贖いが、悔い改める人の罪を赦し、神さまのみもとに帰れるようになること知っているからである。

(10-14節)

教義と聖約42章
45 あなたは死ぬ者を失うことで涙を流すほどに,また特に,栄光ある復活の望みがない者のために涙を流すほどに,ともに愛をもって生活するようにしなければならない。
46 わたしにあって死ぬ者は死を味わわないであろう。死は彼らにとって甘いからである。

モルモン書・アルマ書28章からあなたは何を学びますか



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この物語からあなたは何を学びますか

ここまで読まれて、自分には関係のない話だ、何の役にたつんだ、と思われているかもしれませんね。

わたしも最初に聖書を読んだとき、とても信じられない、こんなことありっこない、と思っていました。
それでも、その後、何度か聖書に出会う機会があり、読む機会があり、自分に当てはめて考えるようになりました。
そのうちのいくつかをここに示しました。

あなたも、この物語から、自分に役立つなにかをみつけていただければ幸いです。

あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである。
(ヨハネによる福音書5章39節)

聖書のこの書、この物語のどんな点でイエスキリストを見出しますか?
ここまで読んでくださったあなたへ
あなたは神様の子で、神様のみもとに永遠に住むことができる存在にです。
地上に来たのは、いろいろな経験により、あなたの能力が増し加わり、ほかの人を助けることができるようになるためです。

わたしもこれから成長していきたいので、あなたとともに歩んでいきたいと願っています。

神様はあなたを愛し、あなたの幸せを願っておられます。

ご質問があれば、下のほうにコメント欄があるのでそちらに書き込んでください。

聖書のオンライン版は
https://www.churchofjesuschrist.org/study/scriptures?lang=jpn
または
https://www.wordproject.org/bibles/jp/index.htm
を参照してください。
あなたがこの世に来たのは、神様の戒めに従って生きるため。
神に敵対する存在が真理と誤りを混ぜてあなたに伝えても、それに惑わされずに生きるために神様は道を示してくださいます、
そして、たとえ道を誤ったとしても、また戻ってくる方法があります。

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