こんにちはおおさむです。訪問ありがとうございます。
モルモン書のニーファイ第二書28章は何を伝えているんだろうと思われているかもしれません。
モルモン書を学び始めてから40年以上が過ぎた私の考えを伝えます。お役にたてば幸いです。
モルモン書・ニーファイ第二書28章の要約と感想
ご自身でオンラインまたは書籍で読んでいただくようにお願いします。
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将来起きること
ニーファイは示現によって将来を見た。
運命ではない。
神さまに時はないので、未来も過去も同時に見ることができる。
わたしたちが神さまのことを知り、
末の日に備えることができるためである。
(1-2節)
多くの教会(組織)が作られる
- 末の日には、神さまのために作られたわけではない数々の教会(組織)がある。
- 彼らは、自分たちは神さまの教会である、と言う。
- 彼らは、互いに争う。
- 彼らは、自分の学識を教えて誇る。
- 彼らは、語る言葉を与えてくださる聖霊を否定する。
- 彼らは、様々な愚かな教義を教え、誇り高ぶって、神さまの力を否定する。
- 神さまは存在しない。神さまはその業を終えて人に力を与えられた。
- 神さまは奇跡をおこなわない。神さまはその業を終えられた。
- 明日は死ぬ身だから好きなことをして楽しめばよい。
- 神さまは少しの罪を犯しても少し鞭打たれるだけでゆるしてくださる。
嘘を言っても人を欺いても隣人を陥れても大丈夫である。
- 彼らは、神さまの教えから外れて、罪の中に堕落している。
- 彼らは、貧しい者から奪い取り、柔和な者と謙遜な者を苦しめる。
- 高慢と悪事と忌まわしい行いとみだらな行いのために、神さまの道を見失っている。
- 神さまに従う少数の者も、誘惑され、人の教えを受けて、たびたび過ちを犯す。
神さまの言葉を伝えたために、神さまのことを証したために、
殺された人たちが神さまに訴える。
(3-14節)
- 地から叫ぶ声
- (ヨハネの黙示録6章)
9)小羊が第五の封印を解いた時、神の言のゆえに、また、そのあかしを立てたために、殺された人々の霊魂が、祭壇の下にいるのを、わたしは見た。
10)彼らは大声で叫んで言った、「聖なる、まことなる主よ。いつまであなたは、さばくことをなさらず、また地に住む者に対して、わたしたちの血の報復をなさらないのですか」。
11)すると、彼らのひとりびとりに白い衣が与えられ、それから、「彼らと同じく殺されようとする僕仲間や兄弟たちの数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいるように」と言い渡された。
- 貧しい者から奪う
- (エゼキエル書34章)
8)主なる神は言われる、わたしは生きている。わが羊はかすめられ、わが羊は野のもろもろの獣のえじきとなっているが、その牧者はいない。わが牧者はわが羊を尋ねない。牧者は自身を養うが、わが羊を養わない。
- 高ぶりは罪
- (箴言21編)
4)高ぶる目とおごる心とは、悪しき人のともしびであって、罪である。
- 多くの者が迷う
- (イザヤ書53章)
6)われわれはみな羊のように迷って、おのおの自分の道に向かって行った。主はわれわれすべての者の不義を、彼の上におかれた。
地獄に落とされる人々
- 高慢で誇り高ぶる知者・学者・富者
- 偽りの教義を説く者
- みだらな行いをして、純潔を守らない者
- 価値のないものを重んじて、正しい者を退け
善いことを罵って、価値がないという者
彼らが悔い改めて、罪から離れるなら滅ぼされることはない。
人は悔い改めるように促される。
悪魔の王国の鎖に縛られたものは、
神さまや神さまの僕に対して
怒るようにそそのかされる。
そして、滅びに至る。
(15-20節)
- 悪魔の王国は震えおのの
- (ニーファイ第一書22章)
23)利を得るために設けられるすべての教会、人のうえに支配権を得ようと設けられるすべての教会、世の人々の目にかなって評判を得るために設けられる教会、肉欲やこの世のものを求め、あらゆる罪悪を行う教会、要するに、悪魔の王国に属するすべての教会が恐れて震えおののく日が、速やかに来ます。これらの教会は地に引き倒され、わらのように焼き尽くされなければならないのです。これはあの預言者の言葉のとおりです。
悪魔の誘惑
悪を行わない人には、なだめたり、へつらったりする。
少しの罪を犯しても大丈夫、すべては良い、シオンの中に罪はない、安泰である、と思わせたり
地獄はない、悪魔はいない、誘惑に負けることは悪いことではない、と思わせる。
そのささやきで少しずつ悪に引き込み、逃げられなくする。
神さまの前に出て、神さまから行いに応じた裁きを受ける。
現世で罪を犯したまま悔い改めることがなければ
永遠の(神さまの)苦痛を受ける。
(21-23節)
- なだめ
- (モルモン書8章)
31)まことに、地の面にひどい汚れがあり、殺人と強盗と偽りと欺きとみだらな行いとあらゆる忌まわしい行いがある時代に、また、「これを行え。あれを行え。それをしてもかまわない。主は終わりの日に弁護してくださる」と言う者が多くいる時代に、それは出て来る。しかし、このように言う者は災いである。彼らは苦汁の中におり、罪悪の縄目を受けているからである。
もう充分であるという者は
- シオンでのんきに過ごす者
- すべてがよい、このままでよいと叫ぶ者
- 人の訓戒に耳を訓戒を聞いて、神さまの力と聖霊の賜物を否定する者
- 充分に受けているのでもう必要ないと言う者
- 神さまが教えてくださる真理を否定し、真理に対して怒る者
- 神さまの絶えざる救いの手を拒む者、かたくなになる者
これらの者は災いである。
そうでなければ地獄に落ちる。
訓戒に訓戒を加えて、人の子に教えてくださる。
その言葉に耳を傾けるものは、
神さまから多くの知恵をいただくことができる。
神さまは従うものを育てるためにいろいろな経験を与えてくださる。
十分である、もういらない、といういう者は
持っているものさえも失うことになる。
(24-32節)
- 岩の上に家を建てる者
- (マタイによる福音書7章)
24)それで、わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができよう。
25)雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけても、倒れることはない。岩を土台としているからである。
26)また、わたしのこれらの言葉を聞いても行わない者を、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができよう。
27)雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまう。そしてその倒れ方はひどいのである」。
わたしの訓戒を聴き,わたしの勧めに耳を貸す者
2024/2/24追記
ニーファイ第二書28章30節31節
30)見よ,主なる神はこう言われる。「わたしはここにも少し,そこにも少しと,教えに教え,訓戒に訓戒を加えて,それを人の子らに与えよう。わたしの訓戒を聴き,わたしの勧めに耳(an ear)を貸す者は,知恵を得るので幸いである。わたしは受け入れる者にさらに多く与え,『もう十分である』と言う者からは,彼らが持っているものさえも取り上げる。」
31)人に頼る者,すなわち肉を自分の腕とする者はのろわれる。すなわち,聖霊の力によって与えられる訓戒ではなく,人の訓戒に耳を傾ける者はのろわれる。
(箴言2章)
9)そのとき、あなたは、ついに正義と公正、公平とすべての良い道を悟る。
10)これは知恵が、あなたの心にはいり、知識があなたの魂に楽しみとなるからである。
11)慎みはあなたを守り、悟りはあなたを保って、
12)悪の道からあなたを救い、偽りをいう者から救う。
※「an ear」は新約聖書「ヨハネの黙示録」の2-3章に7回、13章に1回使われています。これらとここだけです。
2024/2/24追記ここまで
まとめ
正しい人も、人の訓戒によって、度々、過ちをおかす。
ひとの力や自分の欲を優先し、善を行うことをないがしろにする人は神さまから罰を受け、
神さまから離れたことを悔い改めた人は赦しを受ける。
それはどこの誰であるかを問わない。
悪魔はあらゆるひとを誘惑する。
あらゆる心地よい偽りを囁く。
前世から続く戦いはもうすぐ終わる。
神の預言者とは異なる勧めをする人がいたら、その教えを警戒しよう。
神さまがよしと判断されたとき、ひとに訓戒を与えてくださる。
ひとの都合にあわせてではない。
ひとがほしいものとは限らない。
耳に痛いこともある。
ひとの思い通りでないこともある。
わたしたちは、
神さまが与えてくださるものと
神さまが与えてくださる時期が最善だと
信仰により受け入れる。
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