モルモン書・アルマ書12章の要約と感想

モルモン書のアルマ書12章には、「義を求めて正しく生きること」と「神様を信じる信仰を育てること」の大切さが示されています。人が存在するのは、神様の戒めに従って生きるためです。また、神様の戒めに従うためには、神様を信じる信仰を育てる必要があります。

こんにちはおおさむです。訪問ありがとうございます。
モルモン書のアルマ書12章は何を伝えているんだろうと思われているかもしれません。
モルモン書を学び始めてから40年以上が過ぎた私の考えを伝えます。お役にたてば幸いです。


モルモン書・アルマ書12章の要約と感想

モルモン書のアルマ書12章は掲載すると長くなるので以下には掲示していません。
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モルモン書・アルマ書12章には、ゼーズロムのはかりごとが神さまに知られ、御霊によって、アルマとアミュレクにも伝えられたこと、ゼーズロムがおののき、死後の裁きについて質問し、アルマが答えたこと、アンテオナがアダムが命の木の実を食べなかったので生きることはないのではないかとの質問にもアルマが答え、アモナイハの民に、悔い改めて、神さまの安息に入るように勧めたことが記されている。

自分の罪を自覚するゼーズロムにアルマが解き明かす

ゼーズロムはアミュレクを滅ぼすための偽りと欺きを見破れたので、沈黙し、自分の罪を自覚しておののき始めた。

アルマはその様子を見て、さらに詳しく聖文を解き明かした。

  • 神さまはゼーズロム(人)の思いをすべてご存知であり、御霊(預言の霊)によってアルマたち(預言者たち)に知らされている。
  • アルマたちは、ゼーズロム(神さまに歯向かう者)のはかりごとが悪魔の狡猾さであり、アモナイハの民を偽り欺いてアルマたちに対する反感を抱かせ、罵り、追い出させるのに有効であることを知っている。
  • それは、ゼーズロム(人)の敵のはかりごとであり、敵はゼーズロム(敵に従う人)の中で力を行使している。
  • それは、アモナイハの民を捕らえるために、敵が仕掛けた罠である、
  • 敵は、あなたがたを自分に服従させ、鎖で縛り、束縛の力で、永遠の滅びに陥れようとしている。

これらのことはゼーズロムにもわかっていた。
自分の心の思いを言い当てられたゼーズロムはますます神さまの力を感じ、自分の罪におののき、悔い改める気持ちを起こし、熱心に聖文の解き明かしを願って、神さまの王国についてもっと多くを知ろうと、彼らに尋ねた。

※アミュレクを陥れようと問いをしていたときとは違い、自分が疑問と感じていることを知りたいと願うようになった。

ゼーズロムの質問
  • 善人も悪人も復活したのちに、神さまの裁きを受けるために神さまの前に出る、とはどういう意味か。
  • アルマの回答
    • 心をかたくなにしない者は,さらに多くの御言葉を与えられて,ついに神の奥義が十分に分かるようになるまで,奥義を知ることが許される」
    • 神の奥義を知る人々は,神さまが人の子らに授けておられるだけの御言葉しか伝えてはならないという,厳しい命令を受けている。

    • 神さまの御言葉は人が神さまに寄せる注意力と熱意の度合いによって与えられる。ので
    • 心をかたくなにする者はわずかな御言葉しか受けない。従って
    • ついに神の奥義をまったく知らない有様となり、悪魔に捕らえられて,悪魔の意のままに滅びに引き込まれる。地獄の鎖とはこのことである。

    • 神さまの御言葉に対して心をかたくなにして,御言葉がわたしたちの中に見いだされないようになれば,わたしたちの状態は恐ろしいものになる。わたしたちは罪に定められる。
    • わたしたちの話す言葉、行い、思い、が、わたしたちを罪に定める。
    • 神さまの御言葉に心をかたくなにする者は、神さまが用意された贖いを受けることができないので、罪を清めていただくことができない。

    • 罪のある状態では、神さまを仰ぎ見ようとはせず、隠れるために岩や山の下敷きになることを望むようになる。
    • しかし、
      神さまの御前に立ち、永遠の恥辱を感じながら、神さまが公正であり、憐れみに富み、神さまを信じて悔い改めにふさわしい実を結ぶ人を救う権威を持っておられることを認めなければならない。その時に、義にかかわることから離れ、サタンの力と束縛によって、永遠の滅びに至る。彼らは死ぬこともできないで苦痛を感じ続ける。

    ※ゼーズロムが尋ねたので、アルマが答えたのである。アモナイハの人々は非常に驚いたが、この記録を読むわたしたちは、ゼーズロムが質問したことに感謝すべきであろう。

    (1-19節)

    参照聖句
    神さまの奥義を知る人
    (アルマ書26章)
    22)まことに,悔い改めて信仰を働かせ,善い行いをし,絶えず祈り続ける人には,神の奥義を知ることが許され,まことに,まだ明らかにされていないことを明らかにすることが許される。

    (ニーファイ第二書28章)
    30)見よ,主なる神はこう言われる。「わたしはここにも少し,そこにも少しと,教えに教え,訓戒に訓戒を加えて,それを人の子らに与えよう。わたしの訓戒を聴き,わたしの勧めに耳を貸す者は,知恵を得るので幸いである。わたしは受け入れる者にさらに多く与え,『もう十分である』と言う者からは,彼らが持っているものさえも取り上げる。」

    (教義と聖約50章)
    24)神から出ているものは光である。光を受け,神のうちにいつもいる者は,さらに光を受ける。そして,その光はますます輝きを増してついには真昼となる。

    心をかたくなにする人が受ける報い
    (ニーファイ第二書28章)
    27)まことに,「わたしたちは受けているので,もうこれ以上は必要ない」と言う者は,災いである。

    (エテル書4章)
    8)「主の言葉に逆らう者はのろわれよ。これらのことを否定する者ものろわれよ。わたしはそのような者には,これ以上大いなることを示すまい。このように語るのはわたしである」と,イエス・キリストは言われる。

    (教義と聖約93章)
    39)そして,あの邪悪な者が来て,人の子らから,不従順によって,また先祖の言い伝えによって,光と真理を取り去る。

    (マタイによる福音書25章)
    29)おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。

    自分の行動が自分に罰の定めをもたらす
    (モーサヤ書3章)
    25)そして,もし行いが悪ければ,彼らは自分の罪と忌まわしい行いの恐ろしい思いに引き渡される。そして,その恐ろしい思いは彼らを主の前からしりごみさせ,決して戻ることのできない,惨めな無窮の苦痛の状態に彼らを陥れる。これらの者は,自分自身に罰の定めを招いたのである。
    聖句の場所)

    アンテオナの質問

    アンテオナの質問
    • 人が死からよみがえって、不死不滅になるとは、どういうことか。
    • アダムが禁断の実を食べた後、神さまは、アダムたちが生きることがないように、命の木の実を食べることができないようにされた、という聖文はどういうことか。
    • 後者が正しいとすれば、人は永遠に生きることはできない。
    アルマの回答
    • アダムは禁断の実を食べたので、神さまの御言葉の通りに、堕落した。
    • アダムが堕落したので、全人類は迷い堕落した民になった。

    • その時に、アダムが命の木の実を食べていたら、死ぬことはなく、神さまが禁断の実を食べれば必ず死ぬ、という御言葉が嘘になってしまっただろう。
    • そうならないで、アダムは命の木の実を食べず、肉体の死を味わう者となった。

    • そして、世の初めから、つまり、アダムが生きる者となる前から、神さまが用意されていた贖いの計画により、死者の復活がもたらされることになっていた。
    • そこで、この世の生涯は、人が悔い改めができる期間、猶予期間、試しの状態、神さまにお会いする用意をする時期、死後の状態に対する用意をする時期となった。
    • もし、アダムが命の木の実を食べていたら、準備の状態がないまま、とこしえに不幸な状態で生きることになって、贖いの計画はむなしくなっていただろう。

    • 人は死ななければならないこと、死後に現世での行いに応じて裁きを受けなければならないことが定められた。
    • 神様は、そのことを人に伝えておくのが望ましいと認められたので、天使たちを遣わして、人々に語らせ、神さまの栄光を示された。
    • 人々は、神さまの御名を呼び、神さまは人々と語って、人の信仰と悔い改め、聖なる行いに応じて、贖いの計画を示された。
    • 人が善悪をわきまえて行動するものとなったので、神さまは、人に「悪を行ってはならない」という戒めを与えらえた。

    • 悪を行うことに対する罰は、義にかかわることについての永遠の死であった。
    • 神さまの正義の要求により、悪を行う者には贖いの計画は何の力も及ぼさない。

    • 神さまは、悔い改めて、心をかたくなにしなければ、神さまは独り子を通じて、その人に憐れみを示す、と約束された。
    • それで、そのような人は、罪の赦しを受け、神さまの安息に入ることができる。

    • しかし、心をかたくなにして、罪悪を行う者は、神さまの安息に入ることができない。

    • 最初の時と同じように、最後の時にも、神さまの御言葉の通りに怒りが下され、罪人は永遠の滅びに至る。
    • 肉体の死:肉体から切り離される
    • 霊の死:義(神さま)から切り離される
    アルマは、アモナイハの民に、悔い改めて心をかたくなにしないようにし、神さまの安息に入ろう、と勧めた。

    ※アンテオナは、アルマの説明に矛盾がある、と民に思わせたかったのであろう。アンテオナの意図はどうであれ、この記録を読むわたしたちは、アンテオナが質問したことに感謝すべきであろう。

    ※アダムの時代、キリストの復活前であるから、まだ誰も復活していない。生きたまま天に取り上げられた人もいない。つまり、アダムの時代の天使は、霊として神さまの御前から送られた人たちである。

    (20-37節))

    参照聖句
    命の木の実を食べないようにされた
    (創世記3章)
    22)主なる神は言われた、「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」。
    24)神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。
    死後の裁きが定めれらた
    (ヘブル人への手紙9章)
    27)そして、一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることとが、人間に定まっているように、
    天使の働き
    (モロナイ書7章)
    25)さて,天使の働きによって,また神の口から出る一つ一つの御言葉によって,人はキリストを信じるようになった。その結果,信仰によって人は善いものをことごとく手にした。キリストの来臨までそうであった。
    31)天使の務めは,人を招いて悔い改めさせることと,御父が人の子らに立てられた聖約の業を果たして実行することと,主の選ばれた器にキリストの御言葉を告げ知らせることによって彼らがキリストについて証を述べるようにして,人の子らの中に道を備えることである。
    神さまは人々と語られる
    (モーセ書5章)
    4)アダムとその妻エバは主の名を呼び,エデンの園の方向から彼らに語る主の声を聞いた。しかし,主を目にすることはなかった。彼らは主の前から締め出されていたからである。

    (モーセ書6章)
    51)神は御自身の声によって,わたしたちの先祖アダムに呼びかけて言われました。『わたしは神である。わたしは世界を造り,また人々を,彼らが肉体にある前に造った。』

    まとめ

    人を落とし入れる狡猾な策略は悪魔から来るもの
    人を悪に導く言葉、不義で邪悪な行い、正しくない思い
    罪のあるまま、神さまの前に立つとき、
    隠れようのない恥辱の中で、神さまが与えてくださった、あらゆる祝福と自分の反抗を認めることになる

    警告の言葉、耳を傾けてほしい

    神さまは人を愛しておられ、人を救いに導く戒めを与えてくださった

    頑なになり、反抗するなら、神さまの祝福を失い
    そのまま悔い改めずに生涯を終えてしまうなら、永遠に祝福を失ってしまう

    その状態に陥らないように
    預言者は何度も警告を与え続ける

    耳を傾けてほしい

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    ここまで読まれて、自分には関係のない話だ、何の役にたつんだ、と思われているかもしれませんね。

    わたしも最初に聖書を読んだとき、とても信じられない、こんなことありっこない、と思っていました。
    それでも、その後、何度か聖書に出会う機会があり、読む機会があり、自分に当てはめて考えるようになりました。
    そのうちのいくつかをここに示しました。

    あなたも、この物語から、自分に役立つなにかをみつけていただければ幸いです。

    あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである。
    (ヨハネによる福音書5章39節)

    聖書のこの書、この物語のどんな点でイエスキリストを見出しますか?
    ここまで読んでくださったあなたへ
    あなたは神様の子で、神様のみもとに永遠に住むことができる存在にです。
    地上に来たのは、いろいろな経験により、あなたの能力が増し加わり、ほかの人を助けることができるようになるためです。

    わたしもこれから成長していきたいので、あなたとともに歩んでいきたいと願っています。

    神様はあなたを愛し、あなたの幸せを願っておられます。

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    を参照してください。
    あなたがこの世に来たのは、神様の戒めに従って生きるため。
    神に敵対する存在が真理と誤りを混ぜてあなたに伝えても、それに惑わされずに生きるために神様は道を示してくださいます、
    そして、たとえ道を誤ったとしても、また戻ってくる方法があります。

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