ねずみの嫁入り
ある時、ある村に、恋人どうしであったねずみが2匹いました。
娘の名前は「花」。この村一番の富豪の娘。
一方の「太郎」は小作の次男坊。
どう考えても、この恋が実るとは考えられず、太郎と花はいつもなやんでおりました。
でも今日は太郎が生き生きして、いつものくらの片すみにいました。
何があるのかと息をのんでいる花に、太郎は一冊の本をみせました。
表紙には「ねずみの嫁入り」と書いてありました。
「昨日、この蔵のすみで見つけたんだ。まあ読んでみたまえ。」
花はかたい表紙をめくって読んでみました。
「つまり、みずみはねずみと結婚する。という話ね。」
花は太郎が何を言々たいのかわかりませんでした。
太郎はじっと花を見てからゆっくりといいました。
「君は帰っておじさんに言うんだ。この世で一番強い人と結婚したいって。」
花はようやく太郎の考えがわかりました。
いつもはうっとうしい父ですが、今日の花は、そわそわと父の帰りをまっていました。
父はいつも花にいずれ良家に嫁がせる、と言っていました。
今日は花が、この世で一番強い人と結婚したいと言う番でした。
父はおどろきました。
でも娘の気が変わらぬうちにと嫁入りの用意を整えさせました。
そのころ太郎は村の壁という壁に穴をあけていました。
花たちは身じたくを整えて歩いていました。
それは花が太陽のところへお家に行きたいと言い出したからです。
そこで、花の父は村の長老達のところへ行って、どうすれば太陽の嫁になれるかを尋ねました。
長老違はあれやこれや言った後(その意見には太陽にはもうたくさんのお嫁さんかいるので、これ以上はむりですよ。というのもあったのです。)
とにかく、太陽のところへ行ってみるのが良いということになったので、今、こうして太陽のところに向かって歩いているのです。
朝は東の方に向かって歩きはじめたのに、お昼ごろに気がつくと南の方にむかって歩いていたし、夕方には西に向かって歩いていたので、もう日も暮れようとしているのに、まだ村の中から外に出ていませんでした。
「おい花や、この分では、お前は正月や盆にこの村に帰ってこれないかもしれないなあ。みろ、1日歩き通しなのに、ますます太陽は遠くなっていく。」
ついに日がくれてしまいました。
「おい花や、お前は本当に太陽の嫁になりたいのか。」
「私、強い人のところにお嫁に行きたいの。」
「そうか、では、太陽より強い人のところに嫁に行きなさい。」
父娘は家に帰り、父は翌日また長老達のところへ行って太陽より強い者は誰か尋ねました。
長老達は 長い間話し合いました。
そしてついに、それは太陽をあおってしまう雲である、ということになりました。
「たしかに歩いても追いつけなかった太陽を簡単に隠してしまうんだから、うん、雲が一番強い。」
それで父娘は、雲のところへ行くことにしました。
でも困ったことには太陽より速くうごいてしまうし、どの雲が娘をもらってくれるのかわかりませんでした。
父は考えこんでしまいました。
「おい花や、もし雲のところに嫁に行ったら、二度と帰ってこないかもしれないし…
お前、本当に雲の嫁になりたいのかい?」
「私、強い人のところにお嫁に行きたいの。」
「そうか…」
父はまた長老達のところへ行って、雲よりも強いものがないか尋ねてみました。
長老達はまた長い間話し合いました。
ひとりの長老がじっと考えてからこう言々ました。
「私が子どものころ、こんな話を爺様さまから聞いた。
やっぱり、強い人のところへ嫁に行きたかったねずみが、はじめは太陽、その次に雲、そして風、そして壁のところへ行ったという話だ。
その先は、わしももうろくしたらしい、忘れてしまったが、たしかに風は雲をふきとばすし、壁は風を止めてしまう。
昔の人はかしこかったんだなぁ。」
他の長老達も同意しました。
父は帰る道すがら考えました。
「たしかに風は雲り強いけれど、それこそどこに行っていいものやらわからない。壁なら村のどこにでもあるから、今度とこそ嫁に行かせることができる。」
帰って娘に話をすると、私も雲や風より壁の方がいいわ。」
と返事をしてくれました。
娘は、ほんの少しあの本とちがっているな、と感じましたが 、ようやく、壁のところまできたので、あと一歩だと思いました。
そして、父は村中で一番強い壁は誰だろうと考えました。
「そうだ。今度、村のはずれにできた白い壁は堅そうだ。」
そして、その次の日、父娘は身じたくを整えて、村のはずれの白い壁のところへやってきました。
そして、白い壁に、ここに来るまでのことを話して、娘を嫁しにしてくれと頼みました。
壁は少し考えた後で、嫁にしてやる。といいました。
花は、いまさら、壁より強いものが「ねずみ」だとも言いだせず、困ってしまいました。
家に帰っても、せっかく強い人のとこるへ嫁に行けると決まったのに、ふさぎこんでいる娘を見て、父はどうしたのだ、とたずねました。
「私、強い人のところへお嫁に行きたいのよ。」
父はこれまでのことをもう一度おさらいして、壁が一番強いことを話しました。
けれども娘はやはり、うかない顔をしています。
父は、もう一度、長老達のところへいってあの話の先を思い出してくれるように頼みました。
じっと考えこんでいた長老の一人がぱっと顔をあけて「壁より強いものはある」と言いました。
「壁に穴をあけるねずみじゃ」
そして、あの話をした長老も、「そうだ、爺さまの話はそうじゃった。そうじゃった。」と同意しました。
父は帰って、娘に、「それでねずみのところに嫁に行くか?」と言いました。
すると、娘の顔がぱっと明るくなりました。
それで、父は村のはずれの白い壁のところにいって、この話はなかったことにしてくれ、と頼みました。
しかし白い壁は怒りだしてしまいました。
「もしこの俺様より、ねずみの方が強いというのなら。この俺様と勝負しろ、この俺様に穴をあけることができたら、俺よりもねずみが強いことを認めてやる。」
そこで父は帰って長老達に立会人をたのんで、村のまん中に看板を出しました。
「もし、村のはずれの白い壁に穴をあけたら私の家の養子とする。」
太郎は待ちに待った日がようやくやってきたので、よろこびいさんで花の家に行き、
「白い壁に穴をあけてみせる。」と言いました。
村の長老達をひきつれて。一行は村のはずれの白い壁のところに来ました。
しかし その白い壁を見て長老の一人は、
「爺さまのころには、いやわしらか若いころにも、あんな壁はなかったなあ。
あれは、わしらには歯が立たん。」と言いました。
「どうしたかかってこないのか。」
壁が言いました。
太郎は花の方をちらっと見て、壁にむかって走ってゆきました。
しかし、歯が立ちませんでした。
がんばりましたが、歯はすべておれてしまいました。
太郎は、自分のねった物語の最後がこういう結幕になるとは夢にも思いませんでした。
今、自分の前にあるのはコンクリートの壁だったのです。
約束通り、花は白い壁のところに嫁に行き、そのあとの一生を白い壁にかこまれてすごしました。