- 書きたいのは、人々に救いをもたらす神さまの言葉。
- 書かないのは、父の記録や歴史の詳細。
ニーファイの望みは、多くの人が神さまのもとに来て救われること。
こんにちはおおさむです。訪問ありがとうございます。
モルモン書のニーファイ第一書6章は何を伝えているんだろうと思われているかもしれません。
モルモン書を学び始めてから40年以上が過ぎた私の考えを伝えます。お役にたてば幸いです。
モルモン書・ニーファイ第一書6章の要約と感想
ご自身でオンラインまたは書籍で読んでいただくようにお願いします。
ニーファイ第一書6章のオンライン版はここをクリック
※別タブ(画面)で開きます
自分がどの支族に属すのか
ニーファイには系図はどの支族か以外は重要ではない、としている。
つまり、「どの支族に属すのか」は大切と見ている。
アブラハム、イサク、ヤコブ(イスラエル)に繋がることと、
支族に与えられた責任と祝福には価値があり、覚えておくべき。
(1-2節)
ひとりでも多くの人がイエスさまのもとに来て救われるために
すべての預言者が目指したことが、この一言に集約されている。
福音が回復されて教会が設立され、まだまだ貧しかった頃からずっと宣教師を世界に送り出している。
「ひとりでも多くの人がイエスさまのもとに来て救われるように。」
(4節)
人の子らにとって価値あることだけ
モルモン書には、人の子らにとって価値あることだけが記録されている。
それ見つけ出すこと、自分に当てはめて考え、正しい選択をすること、が読み手に求められている。
(5-6節)
おまけ
ニーファイが小版を作る理由。
全ての人が神のもとにきて救われることを彼らに説いて信じさせるため。
自分たちのことを人々に知らせるためではない。
モルモン書は、神と俗世間の仲間でないものを喜ばす。
人間にとって値打ちのあることのみ。
肉のことではなく、霊のこと(救いの計画、神の愛)が記してある。