モルモン書・ニーファイ第一書4章の要約と感想

モルモン書のニーファイ第一書4章には、「義を求めて正しく生きること」と「神様を信じる信仰を育てること」の大切さが示されています。人が存在するのは、神様の戒めに従って生きるためです。また、神様の戒めに従うためには、神様を信じる信仰を育てる必要があります。

こんにちはおおさむです。訪問ありがとうございます。

モルモン書のニーファイ第一書4章は何を伝えているんだろうと思われているかもしれません。

モルモン書を学び始めてから40年以上が過ぎた私の考えを伝えます。お役にたてば幸いです。

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モルモン書・ニーファイ第一書4章の要約と感想

モルモン書のニーファイ第一書1章は掲載すると長くなるので以下には掲示していません。
ご自身でオンラインまたは書籍で読んでいただくようにお願いします。
ニーファイ第一書4章のオンライン版はここをクリック
※別タブ(画面)で開きます

ニーファイ第一書4章では、ラバンの真鍮版を手に入れるために、神さまが用意された方法が示されています。
その方法とは、ニーファイが、酒によって道で寝ているラバンに遭遇し、ラバンを殺し、その後、宝物蔵の鍵をもつラバンの僕(しもべ)に出会う、というものでした。
ニーファイはラバンを殺すことを躊躇しますが、ラバンが殺されても仕方ない理由、真鍮版を手に入れる必要性、神さまがそうされたこと、を理解します。
その後、ラバンの僕に出会ったときも、自分がラバンでないと知られれば命を失うところを、神さまの助けによってきりぬけ、ラバンの真鍮版を手に入れました。

モルモン書読む多くの人が最初に?となる箇所

モルモン書読む多くの人が最初に?となる箇所

神は人を殺すように人に命じるのか?

ニーファイはラバンの血が着いた服を着たのか?

声色を真似たことと剣を見ただけで、随分と年齢が違う若者を主人と間違えるのか?

などなど

コレが創作だったら

ただし、もし、コレが創作だったら

 こんな筋書き、、20歳そこそこの学校も行っていないような若者が
 たとえ、夢みがちな男の子だったとしても思いつくか?

むしろ、この物語から得られる教訓を考えると
この物語は、確かに、実際に起きたことの記録に違いないのではないか、

そしてこの物語はニーフアイが後になってまとめたもの、
大切なことに絞って詳細を省いているに違いない

ニーファイは兄たちを見捨てない

ニーファイは自分たちを棒で打ち叩いた兄たちも一緒に行動することを求めている。

決してあきらめたりしていない。

モーセがエジプトの王に対峙し、エジプトから逃れた時の話をして、そして、天使を見たことも話して、兄たちを説得している。

弟は共通の土台に戻って、兄たちを説得する
(1-4節)

レーマン・レムエルも出エジプトの物語は否定しない

レーマン・レムエルも、ニーファイの語る出エジプトの奇跡は反論しない。

それは、自分たちのアイデンティティだから。

しかし信じ切ることもできない
(1-4節)

神さまが、悪人を殺す基準

神さまが、悪人を殺す基準は

1:義にかなった目的を果たすため
2:ひとつの国民を滅びから救うため

2は1を説明しているので、神さまは人を救うことが目的で、滅ぼすことではないことがわかる
(13節)

ニーファイが決断した理由

ニーフアイは

ラバンが
・自分たちを殺そうとしたこと
・主の命令には従わないこと
・自分たちの財宝を奪ったこと
を知っていた

しかも、ラバンその人が、盗賊は殺してやる、と言っていた

そして、聖典を持つことは、民が滅びないために必要だとわかり

悩んだ末にラバンを殺すことが御心であると理解した
(11-12節、14-17節)

神さまが備えておられた方法

不平ばかり述べていた兄たちも神さまの力と認めざるを得ない方法で、神さまの命令を守って、父リーハイのもとにもどることになった。

ラバンの真鍮版を持ち帰るために、神さまがニーファイたちに備えておられた方法は
・真鍮版が道に落ちていたわけでもなく
・宝物蔵の鍵が開いていたわけでもなく
・持ち主のラバンが酒によって倒れていて
・そのあと宝物倉の鍵をもつゾーラムに会う
ということであった。
(5-20節)

ニーファイの葛藤

ニーファイは、ここで、自分の心の葛藤と、御霊との会話を細かく記録している。

ニーファイは単純な盲従ではなく、自分の頭で考え、御霊の促しも得て、自分で判断して実行している。
(10-18節)

ラバンは殺され、ゾーラムは自由となる

ニーファイがラバンを殺さなくても、ラバンはいずれバビロンによってエルサレムと一緒に滅ぼされたかもしれないし、財宝目当ての盗賊に殺されたかもしれない。

ラバンは神さまの導きに従って善を行う人ではなかったし、リーハイの財宝を強奪したし、ニーファイたちを殺そうとしたし、ラバン自身が口にした盗賊は殺す、というルールに従って、命を失うことになった。

その際に、神さまは、ニーファイの信仰を試された。

そして、ここでゾーラムをエルサレムから救い出すことも神さまの目的であったのだろう。

ニーファイはゾーラムとの短い会話で、その人となりを知り、行動を共にする、信頼に足る人物と判断したのである。

ニーファイは、ゾーラムに出会ったときに、離れるようには言わず、ついてくるように言った。

ゾーラムに何度も話しかけられた時に、自分がラバンではないことがわからないようにふるまわなくてはならなかった。

もし、ゾーラムを放していたら、ラバンの死体を見ただろうし、そうすると、召使をたくさん呼んできて、ニーファイは「兄たちの予想通り」殺されただろう。

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モルモン書・ニーファイ第一書4章からあなたは何を学びますか



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この物語からあなたは何を学びますか

ここまで読まれて、自分には関係のない話だ、何の役にたつんだ、と思われているかもしれませんね。

わたしも最初に聖書を読んだとき、とても信じられない、こんなことありっこない、と思っていました。
それでも、その後、何度か聖書に出会う機会があり、読む機会があり、自分に当てはめて考えるようになりました。
そのうちのいくつかをここに示しました。

あなたも、この物語から、自分に役立つなにかをみつけていただければ幸いです。

あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである。
(ヨハネによる福音書5章39節)

聖書のこの書、この物語のどんな点でイエスキリストを見出しますか?
ここまで読んでくださったあなたへ
あなたは神様の子で、神様のみもとに永遠に住むことができる存在にです。
地上に来たのは、いろいろな経験により、あなたの能力が増し加わり、ほかの人を助けることができるようになるためです。

わたしもこれから成長していきたいので、あなたとともに歩んでいきたいと願っています。

神様はあなたを愛し、あなたの幸せを願っておられます。

ご質問があれば、下のほうにコメント欄があるのでそちらに書き込んでください。

聖書のオンライン版は
https://www.churchofjesuschrist.org/study/scriptures?lang=jpn
または
https://www.wordproject.org/bibles/jp/index.htm
を参照してください。
あなたがこの世に来たのは、神様の戒めに従って生きるため。
神に敵対する存在が真理と誤りを混ぜてあなたに伝えても、それに惑わされずに生きるために神様は道を示してくださいます、
そして、たとえ道を誤ったとしても、また戻ってくる方法があります。

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